学習塾キャリコ

【差別】を教えるなら【区別】も教えんとなぁ。

今日は2,3週間ぶりに芝刈りをしました。

ここのところ僕のお休みの日に限って雨が続いていたので、なかなか刈れず。

天気が悪かったこともあって、めちゃくちゃ伸びてるってこともありませんでした。

しかしこれからは梅雨明けしそうな天気予報。

爆発的に成長していきそうです!

芝のやる気とは裏腹に、気温が上がれば人間のやる気は下がっていきます、、、

地獄の芝刈りシーズン開幕ですね。

今年も芝奴隷。どうも、学習塾キャリコの釘山です!

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

子どもたちからちょくちょく、

「学校の先生は差別する!」

とかの話を聞きます。

まぁ、人権教育で差別のことを学んでいる証拠ではありますが、覚えたての言葉だからか、何かあるたびにこの言葉を使っている印象です。

実際に話を聞いてみると、

「男子にはすぐ怒るのに、女子にはあまり怒らない」

「自分らは宿題をちゃんとやってきてるのに、やって来てない人には何の罰もなくてこっちが損してるみたい」

「女子は教室で着替えるのに、男子は別の部屋で着替えさせられる」

などなど、僕らも子どものときは同じ境遇にあったことがよく出てきます。

これは学校だけでなく、塾でもあります。

「僕の宿題は多いのに、〇〇くんの宿題は1ページ少ない!」

とか。

そんで、そう言われた大人たちは

「これは差別じゃない、区別だ」

と言うことも。

僕が小学生のときの担任はそう言ってました。

あの先生、大っ嫌いだったなぁ。

なんなら今でもバチクソきらい。

いい思い出がないぞ。

それはさておき、

【差別】と【区別】って何が違うのでしょうか?

なんか【言葉の綾】な感じがありますよね。

多分この【差別】と【区別】って、ほんと紙一重なんだと思います。

ある人には【区別】でも、その人にとっては【差別】だと感じたり。

難しいものです。

んで、僕の場合ですが、このように線引きをしています。

【差別】対象の人にとって損をさせるような言動・行動

【区別】対象の人にとって最終的には得・助けとなる言動・行動

定義として正しいかどうかはわかりませんが。

学校で習ってきた【差別】は、住んでる地域や外見・言動が自分たちと違うということで集団から排除しようとする動きのこと。

これって対象の人は損しかしていませんよね。

子どもたちが【差別だ!】と言っていた上記のことも、もしかしたら誰かを損させようとしているのではなく、助けとなるような言動・行動な場合もあると思っています。

「男子にはすぐ怒るのに、女子にはあまり怒らない」

背景がわからないと何とも言えない部分ではありますが、これは差別っぽい。

男女とも同じ行動を取っているのにこのようなことになっているのであれば、これは差別でしょうね。

逆にやってる行動が男子のほうがまずいことをやってて、女子の方はそこまで問題のない行動ならば、これは【区別】と言えるでしょう。

そりゃ寿司にアルコール噴霧したらバチクソ怒られても文句言えないよね的な。

「自分らは宿題をちゃんとやってきてるのに、やって来てない人には何の罰もなくてこっちが損してるみたい」

やってきていない児童の背景があるのかもしれませんが、ただサボってやって来てないだけなら差別とも考えれられますし、サボった子にとってもメリットはありません。

区別とはちょっと違うような気もします。

だけど、もしあまり他人に言えない家庭の事情やその子の事情があって、その結果宿題をしてくるのが困難な場合は意味合いが変わってきますよね。

「先生のみぞ知る」なにかで【区別】してるのかも。

「女子は教室で着替えるのに、男子は別の部屋で着替えさせられる」

これは区別でしょうね。

心も身体も大人になっていく高学年期。

さすがに女子の着替えを周囲から見えるところでさせるのはいかがなものかと。

もちろん男子にも恥ずかしいという思いはあるでしょうが、社会的に考えてどちらに教室を使わせるべきか。

まあ、学校の先生の判断は正しいと僕は思います。

んじゃ塾ではどうか。

「僕の宿題は多いのに、〇〇くんの宿題は1ページ少ない!」

僕としては、やはりその生徒さんに応じて課題を決めているというのがあるので、これは区別だと思っています。

ある子にはできる内容の宿題でも他の子には手こずりそう内容だったり、通塾曜日もそれぞれなので次の期限までに終わらなそうだったりするなら、僕は調整していきます。

楽をさせてそれに味をしめられても、ゆくゆくはその子にとってメリットとはならないと感じますし、平等の名のもとに均一で宿題を出し、それをやってこれなかった子はやる気を無くしたり自信をなくしたりすると思います。

これを子どもたちにお話すると、「たしかにそうかもー」と思ってくれるようです。

なんだかんだ【差別】と【区別】のお話をしましたが、結局は本人たちが納得してくれるかどうかだと思います。

昔の僕らの担任みたいに

「これは差別じゃない、区別だ」

と言ったところで、僕らは誰も納得していなかったから反発したというのもあったと思います。

相手が子どもで、こちらは大人だから何をやってもいい・言ってもいいというわけではありません。

そうして育った子どもたちは、大人になって同じことを繰り返すかもしれませんよね。

子どもに対してもしっかり説明して、納得してもらう。

これが重要だと思います。

大人より子どものほうが柔軟性のある思考をします。

この頭の使い方を無くしてしまわないよう、大人になっても柔軟に考えられる人になれるよう、これからも子どもたちの疑問にはどんどん答えていこうと思います♪

勉強+雑談の塾。

そんなキャリコをどうぞよろしくお願いいたします♪

コメントを残す

*

CAPTCHA